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大阪高等裁判所 平成11年(く)89号 決定 1999年5月28日

少年 N・H(昭和55.6.22生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、附添人弁護士○○、○□、○△作成の抗告申立書及び抗告理由補充書並びに少年作成の抗告申立書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

一  附添人の抗告趣意中、法令違反の主張について

論旨は、要するに、原決定は、本件窃盗非行について、少年の共謀の根拠として、<1>Aらが少年のバイクから本件自動二輪車のポッコン(窃取目的に、二輪車の鍵穴に道具を差し込んでONの位置まで回して、ハンドルロックを外した上、セルモーターを始動させる方法)に使う道具を取り出すのを少年が承諾したとの事実、更には、そのように原決定が評価するようになった、Aから本件自動二輪車のポッコンに使う道具の所持の有無を尋ねられて、<2>少年が「俺の原チャリにあるで。」と答えたとの事実をそれぞれ認定しているが、少年と行動を共にしていたBは、警察官調書で、少年のバイクに本件自動二輪車のポッコンに使う道具がある旨述べたのは少年ではないとしている上、検察官調書及び警察官調書では、少年のバイクから本件自動二輪車のポッコンに使う道具であるハサミを取り出したのはBであるなどと供述しており、Bの証人尋問を実施すれば、前記<1>及び<2>とは異なる認定となった可能性が非常に高く、ひいては、少年の共謀の認定も困難であった筈であるから、附添人が求めたBの証人尋問を実施しなかったのは審理不尽にほかならず、少年法1条に違反しており、原審の審判手続には決定に影響を及ぼす法令違反がある、というのである。

そこで、記録を調査して検討すると、本件は、少年(当時18歳)、A(当時17歳)、C(当時17歳)、B(当時17歳)及びD(当時15歳)の5名によるいわゆる現場共謀に基づく自動二輪車窃盗とされる事案であるが、1原審は、本件窃盗非行の事実認定に当たって、非行に至る経緯、非行状況及び非行後の状況に関する資料として、検察官から送られた所論指摘のBを含めた共犯者全員の検察官調書及び警察官調書並びに一部共犯者立会の実況見分調書等を調査しているとともに、附添人が求めたA及びDの証人尋問も実施していること、2そして、前記<2>の点は、本件自動二輪車のポッコンに使う道具の所持の有無を尋ねた上、その後少年のバイクの物入れに所在していて、現実にポッコンのために本件自動二輪車の鍵穴に差し込んだ道具を手にしている当のA自身が、原審でも、附添人からの尋問に対して、検察官調書及び警察官調書と同様に、原決定の認定に沿った断定的証言をしている上、Dも、検察官調書では、Aの原審証言等に符合する供述をしていて、原審では記憶が明瞭ではないとするものの、検察官調書の内容を否定する趣旨の証言を行っている訳ではなく、加えて、Cも、検察官調書及び警察官調書で、少年が道具を「持ってるで。」と返答した旨Aの原審証言等と同趣旨の供述をしているところ、確かに、Bは、警察官調書で、「誰が言ったのか覚えてませんが、僕は、誰かが、Nさん(少年)の原付のポケットに(工具が)入ってる、と言うのを聞いて」と供述し、検察官調書では、「AとNさん(少年)が単車を盗むのであれば、工具を必要だという話をし始めました。具体的な話は良く思い出せない。Cは、何も言っていません。」などと供述しているのであるが、これらの供述は、少年が前記<2>の趣旨の話をしたことを明確に否定しているとまでは認め難く、仮に、Bの警察官調書の供述が所論のように少年のバイクに道具が入っている旨発言したのは少年本人ではないという趣旨を供述したものと受け取るべきであるとしても、これをもって、直ちに、A、D、C等の供述によって認められる少年が「俺の原チャリにあるで。」と答えた旨の認定に影響を及ぼすとまではいえないこと、3また、前記<1>の点についても、Aは勿論のこと、Dも原審及び捜査段階で、Cも捜査段階で、それぞれ原決定の認定に沿った証言ないし供述をし、Bも、検察官調書で、「自分は、少年のバイクのポケットからハサミを見付けて、メットインの中の工具で盗みに使えそうな道具を探していた少年に渡した。」旨供述していて、記録上、そのハサミがAの手に渡っていることは間違いないのであるから、Bの検察官調書は、少なくともBが少年のバイクから本件自動二輪車のポッコンに使う道具を取り出すことを少年が承諾したことを裏付けていること、4なお、Bは、検察官調書において、仕返しされるため、少年の審判手続では、事実である検察官調書に録取された内容を証言できない旨述べていること、がそれぞれ認めれらる。以上によれば、原審は、本件窃盗非行の事実認定に当たり、所論指摘の点を含めて、必要かつ十分な審理を尽くしていると認めることができるのであって、Bの証人尋問を実施しなかったことについて、職権証拠調べに関して家庭裁判所に与えられた合理的な裁量を逸脱した審理不尽はないことはもとより、少年法1条違反の点も存しない。論旨は理由がない。

二  附添人及び少年の各抗告趣意中、重大な事実誤認の主張について

論旨は、要するに、少年は、本件窃盗非行を共謀したことはないから、これを積極に認めた原決定には重大な事実誤認がある、というのである。そこで、記録を調査して検討すると、本件窃盗非行事実は所論の共謀の点を含め優に認められ、原決定が「補足説明」の項で説示するところも概ね相当として維持できる。

所論は、原決定が少年の共謀の根拠として説示する、<1>Aらが少年のバイクから本件自動二輪車のポッコンに使う道具を取り出すのを少年が承諾したとの点、更には、そのように原決定が評価するようになった、Aから本件自動二輪車のポッコンに使う道県の所持の有無を尋ねられて、<2>少年が「俺の原チャリにあるで。」と答えたとの点はいずれも認められない旨主張する。ところで、記録によれば、本件窃盗非行現場に、少年ら5名が集まって、本件自動二輪車の品定めがなされるなどしてこれを窃取する提案が出された後、Aが本件自動二輪車のポッコンをする旨表明し、誰かはともかく周囲の者に対して、ポッコンに使う道具の所持の有無を尋ねたこと(原決定は、Aの原審証言に基づき、道具の種類としてドライバーとレンチを挙げたとするが、道具の種類を厳密に特定するのは困難である。)、まもなく、5名全員が本件窃盗非行現場から少し離れた少年のバイクの駐車場所に移動した上、少年がバイクのメットインと称する箇所で物を探す仕草をするとともに、Aはそのメットインからマイナスドライバーを取り出し、Bはポケットと称する箇所からハサミを取り出して、これが誰を経由したかはともかくAの手に渡っていること、そして、Aは本件自動二輪車のポッコンのため実際に右ハサミやマイナスドライバーを使っていることはそれぞれ明らかである。そして、前記一で検討したとおり、前記二の<2>の点は、Aが原審において原決定の認定に沿った断定的証言をしていて、Dの検察官調書並びにCの検察官調書及び警察官調書もこれに符合する内容となっている上、現実に少年ら5名が少年のバイクの駐車場所に移動した上、本件自動二輪車をポッコンする道具を見付けるべく少年のバイクの物入れの中が探されていることによっても十分裏付けられており、なお、所論指摘のBの警察官調書は、前記一のとおりの理由に加えて、その場の状況からして、Bが正確に記憶していなかったか、或いは趣意を若干取り違えて記憶する可能性も十分考えられる事柄ともいえるのであるから、Aの原審証言等を左右せず、したがって、Aの原審証言等は信用性が高く、原決定の認定は優に是認することができるものである。また、前記二の<1>の点は、前記二の<2>のとおり、そもそも、Aから本件自動二輪車のポッコンに使う道具の所持の有無を尋ねられて、少年自らが少年のバイクに所在している旨返答しているものであるし、前記のとおり、その後、少年を含む5名が少年のバイクの駐車場所に移動し、少年がバイクのメットインと称する箇所で物を探す仕草をしていた上、A及びBが少年のバイクからそれぞれマイナスドライバーやハサミを取り出していること等を総合すれば、少年が右ハサミをAに渡したか否かについての原決定の判断の当否はともかく、前記二の<1>に関する限り、原決定の認定は支持できるというべきである。これに対して、少年は、Aらに本件自動二輪車のポッコンに使う道具を見付けられないように探す振りをしていただけであるのに、Aらが勝手に道具を持ち出したものである旨弁解するけれども、Aから本件自動二輪車のポッコンに使う道具の所持の有無を尋ねられて、少年自らが少年のバイクに所在している旨返答していることと矛盾しているなど不自然不合理であって、到底信用し難い。そして、前記二の<1>及び<2>の点は、本件自動二輪車窃盗のために必要不可欠な道具の提供行為にほかならず、少年の共謀を強く推認させるものというべきところ、原決定も同趣旨を説示していると認められる。所論は採用できない。

所論は、原決定は、少年の共謀の根拠として、本件自動二輪車の後輪に掛けてあったU字ロックを外すため、鋼管を探しに行き、実際に何か所か探したと認定しているが、少年は、窃盗に巻き込まれるのが嫌であったが、後で仲間に何を言われるか分からないので、口実として鋼管を探しに行くと言って、現場を離れたものである旨主張し、少年もこれに沿った弁解をしている。しかし、鋼管探しに同行するよう求められて行動を共にしたDは、原審において、原決定の認定に沿った証言をしていて、附添人からの尋問によっても揺らいではおらず、また、検察官調書では、少年が、鋼管を探すべく、Dのバイクで走行中、同乗させているDに対して、「鉄パイプ(鋼管)ありそうなところ見付けたら言えよ。」と要求した上、鋼管がありそうな工事中の家付近で、バイクを停車させた旨臨場感のある具体的供述をしていることなどからすれば、Dの原審証言及び検察官調書の信用性は高く、原決定のとおり認定できる。これに対して、所論は、少年は鋼管を持って帰って来ておらず、このことについて、誰も文句を言ったり、不審に思ったりした者がいなかったことは、少年の弁解を裏付けるものである旨主張する。けれども、そもそも、少年の弁解どおりであるならば、Dを同行させていることと整合性に欠けるうらみがある上、記録によれば、少年が、鋼管を探すべくバイクで走行するうち、建築中の家屋のある場所で下車したところ、Dが見知らぬ者に絡まれたため、少年は、Dを放置して本件窃盗非行現場に戻ったものであること、ところが、Aらは、本件自動二輪車のハンドルロックを解除するなどして、近くの公園まで移動させており、少年が公園に出向いた時点では既に、少年のバイクから取り出していたモンキーレンチで本件自動二輪車の後輪に掛けてあったU字ロックを叩いて外してしまっていた上、少年もDが他の者に絡まれたので単独で戻ってきた旨事の顛末を説明していることがそれぞれ認められ、これらによれば、所論指摘の点は何ら少年の弁解を裏付ける事情となるものではない。所論は採用できない。

所論は、原決定は、少年が本件窃盗非行に関わるのを拒否する意思を明示的に示したり、共犯者から離脱して早く帰宅しようとした形跡がないと説示するが、少年にとってはそのような態度に出ることは困難な状況にあったから、原決定の説示する点は少年の共謀を根拠付けるには不十分である旨主張する。しかしながら、記録によっても、本件窃盗非行に加わった者の中にあって、その力関係からみて、少年が自らの意思を表明することが困難であるような立場にあったとは認め難く、かえって、少年は、本件自動二輪車窃盗の提案がなされた後、Aからポッコンに使う道具の所持の有無を尋ねられて、少年のバイクに所在している旨返答し、その道具の取り出しを承諾したり、自らが本件自動二輪車の後輪に掛けてあったU字ロックを外すための鋼管を探しに出掛けていることなどからしても、窃盗の提案がなされた時点以降、少年がこれに積極的に同調する姿勢であったことを十分窺わせ、このことは、A及びDの各原審証言からも優に認められるのであって、これに反する少年の弁解は到底信用できず、原決定の説示する点が少年の共謀を根拠付ける有力な情況事実であることは間違いない。所論は採用できない。

所論は、原決定は、少年は、窃取に係る本件自動二輪車のハンドルの変形や暴走用の直管マフラーの付け替えに関わっており、本件自動二輪車に並々ならぬ関心を寄せていたとするが、少年は、Aらから早く解放されたかったので、そうしただけであって、窃盗完了後の行為を捉えて、少年の共謀を根拠付ける理由足り得ない旨主張する。しかし、少年の供述によってさえ、付け替えた直管マフラーはわざわざ自宅に戻り持参しているのであって、所論に沿った少年の弁解が不合理であることは多言を要しない。そして、原決定の説示する点に加えて、記録により認められる、少年の本件自動二輪車の品定めをした時点での感嘆ぶりや窃取後隠匿していた本件自動二輪車が無くなっていたことを知った際の落胆ぶりにも徴すれば、窃盗の提案がなされた時点前後からの本件自動二輪車に対する少年自身の関心の高さを窺わせるに足り、ひいては、本件自動二輪車に対する窃盗の動機の存在を示すものといえる。所論は採用できない。

論旨は理由がない。

三  附添人及び少年の各抗告趣意中、処分不当の主張について

論旨は、要するに、少年を中等少年院に送致する旨の原決定の処分は、著しく不当であるので、その取り消しを求める、というのである(附添人の抗告趣意中、少年の要保護性に関する重大な事実誤認の主張も、処分の著しい不当の主張に帰するものと解される。)。

そこで、記録を調査して検討すると、本件は、共謀による自動二輪車の窃盗非行事案であるところ、原決定が、「処遇」の項(ただし、「ほか5名との共謀の上」とあるのは「ほか4名との共謀の上」、「同年9月25日」とあるのは「同年9月9日」、「その解除後犯した」とあるのは「その解除直前犯した」のそれぞれ誤記と認める。)で説示する本件窃盗非行の内容や少年の関与の程度、バイク盗等非行による短類保護観察処分や強姦致傷幇助及びびったくり等非行による保護観察処分等の保護処分歴、前回の右保護観察処分後僅か約2週間という短期間で本件窃盗非行が敢行されたことに象徴される欠如した規範意識、繰り返されてきた不良な生活状況及び十分機能しなかった保護環境等を総合考慮して、短期の処遇勧告を付さずになした中等少年院送致の処分は相当であって、所論が種々主張する点を勘案しても、これが著しく不当であるとは考えられない。

所論は、原決定の「処遇」の項における要保護性に関する説示内容には重大な事実誤認がある旨主張するけれども、記録に照らして、原決定の説示する要保護性の基礎事実及びこれに基づく処遇上の判断に誤りがあるとは認められず、所論は採用の限りではない(なお、所論は、原審が参照した家庭裁判所調査官作成の調査票の意見欄には、「少年の本件を否認する巧みさはなかなかのものである。しかし、ぼつぼつ「言い逃れ」の人生から卒業するべきであり、安直な言い逃れが通用しないという現実を体験し、自らの身の処し方を考え直すことが必要である。」となっているが、少年の主張を虚偽と決め付ける偏見に満ちた内容であって、家庭裁判所調査官として許されない記載である旨主張する。しかし、記録によれば、少年は、本件窃盗非行事実について、窃盗幇助で逮捕直後には話し合って盗んだ旨供述しておりながら、以後は不自然不合理な弁解に殆ど終始して否認しているのであって、しかも、前回結果的に保護観察処分となった非行事実のうち、特にひったくり非行については、捜査段階及び家庭裁判所調査官による相当回数にわたる調査期間中は一貫して非行事実を認めていたにも拘わらず、その後少年院送致の処分を危惧して唐突に否認に転じて、アリバイ主張までして事実関係を争うに至ったが、結局弁解は否定されて非行事実が認定されていることなどからすれば、家庭裁判所調査官の意見中にある少年の非行事実についての供述に関する評価が誤りとは認められない。そして、少年が処分を免れるべく不自然不合理な弁解を弄して非行事実を否認する態度は、真摯な内省力の不足や規範意識の欠如を示す徴憑にほかならず、更生にとっての大きな阻害要因となる資質上の問題点であることは自明であり、これを改善することが更生のために肝要である旨指摘することは、家庭裁判所調査官の職責上当然のことといわなければならず、何ら違法不当な点は存しない。所論は到底採用できない。)。

所論は、仮に少年について本件窃盗非行事実が認定されるとしても、試験観察中であるにも拘わらず、本件窃盗非行を主導的に敢行したAが短期の処遇勧告が付された中等少年院送致の処分を受けているのと比べて、関与の程度がずっと低い少年に対してなされた短期の処遇勧告が付されていない中等少年院送致の処分は、明らかに均衡を欠いている旨主張する。しかし、少年事件における処遇は、当該少年の非行事実を含めた要保護性を検討して、将来の更生のためにはいかなる処分が適当であるかを個々的に判断するものであって、公平の見地等から共犯者の処分内容が当該少年の処分を決める際に考慮される一つの要素となる場合が有り得るとしても、あくまでも、当該少年の問題性に応じた個別的処遇が原則といわなければならず、要保護性に関する判断資料も十分でない共犯者との間の処分内容を主として比較して、処分の均衡ないしは軽重を論ずるのは適切でない。のみならず、記録によれば、本件においては、原決定も、本件窃盗非行における少年の関与の程度やA等共犯者に対する処分の実情をも参酌の上、少年に対する処分を決めていることが認められるのであって、前記のとおり、その判断は相当として是認できるから、いずれにしても所論は採り得ない(なお、所論が、少年院法上の少年院の種類ではない運用上行われる特別の処遇に過ぎない短期の処遇勧告が付されなかったことをもって、処分不当の事由とするものであるならば、抗告理由としてはそもそも不適法というべきである。)。

論旨は理由がない。

以上の次第で、本件抗告は理由がないから、少年法33条1項、少年審判規則50条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 河上元康 裁判官 重吉孝一郎 飯渕進)

〔参考1〕 抗告申立書

抗告申立書

少年 N・H

右記少年にかかる大阪家庭裁判所平成11年(少)第775号窃盗保護事件について、平成11年3月24日、「少年を中等少年院に送致する」旨の決定が下されたが、この決定については不服があるので、以下の理由により抗告を申し立てる。

1999年4月7日

申立人付添人弁護士 ○○

同弁護士 ○□

同弁護士 ○△

大阪高等裁判所 御中

抗告の趣旨

原決定には、決定に影響を及ぼす法令違反、重大な事実の誤認、処分の著しい不当があるので、原決定の取消を求める。

抗告の理由

第一決定に影響を及ぼす法令違反(審理不尽の違法)

原審において、付添人はBを証人として取り調べるよう申請したにも関わらず、裁判所は必要なしとしてこれを採用しないまま、事実認定を行った。

しかし、当職らは、Bを証人調べしないまま事実認定を行ったことは審理不尽であり、決定に影響を及ぼす法令違反であると考える。

すなわち、確かに、どのような証人を調べ、あるいは調べないかは裁判所の裁量と考えられている(少年法第14条第1項)。しかし、少年法の目的が「少年の健全な育成を期し、非行のある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行う」ことにあることに鑑みれば(同法第1条)、その目的達成のために、綿密な調査・証拠調べに基づく正しい事実認定が前提とされていることは当然であると考えられる。なぜなら、正しい事実認定がなされなければ、「少年の健全な育成を期す」ための適切な「保護処分」が何であるかを判断することはおよそ不可能だからである。このような観点からすれば、証拠調べに関する裁判所の裁量も無制限のものではなく、正しい事実認定のために適切に職権が発動されなければならないことは当然である。つまり、正しい事実認定に必要であれば、当該証拠調べを当然に行わなければならない義務が裁判所にはあると言うべきである。

本件においては、事件当時少年と行動を共にしていた者の内、Bは取調段階において<1>ハサミを原付から取り出したのは自分(B)であると供述している点(本年2月17日付警察官調書(1通目のもの)8丁裏6行目以降、同月22日検察官調書8ページ以降)、<2>本件自動二輪車を皆で見に行った後、誰かが「工具が要る」という趣旨の発言をした際に、誰かが「Nさん(注:少年のあだ名)の原付のポケットに入っている」と言った、という供述、すなわち、少年の原付に工具が入っている旨発言したのは少年本人ではないという趣旨の供述をしている点(本年2月17日付警察官調書(1通目のもの)8丁裏6行目以降)等において、他の者の供述とは食い違う反面、少年の供述・主張とは矛盾しない供述をしていたと言えるのである。とすれば、このBを審判廷という少年の面前において取り調べることは、本件の真相を解明し、正しい事実認定を行うのに必要不可欠であったはずである。

ところが、原審ではこのBを証人として取り調べることについて、特に明確な理由も挙げないまま、単に「不必要である」というだけで採用しなかった。これは、審理不尽にほかならず、少年法第1条違反の違法があると言わなければならない。

そして、原審の決定では、Aが「マイナス(ドライバー)とメガネ(レンチ)ないか」と声を掛けると、少年が「俺の原チャリにあるで」と答えた旨の事実が認定されている。しかし、Bの前記<2>の捜査段階における供述に照らせば、Bを証人として取り調べることなくこのような事実認定を行ったことは大いに疑問であり、もしBを証人として取り調べていれば、この点について異なった事実認定がされていた可能性が非常に高かったと言うべきである。そして、原審ではこの事実を「Aらが少年のバイクからポッコンのために使う道具を取り出すのを承諾し」と評価し、これをも根拠として、少年に本件犯行の共謀を行った事実を認めているのであるが、上記の点について異なった事実認定、すなわち、少年が「俺の原チャリにあるで」と発言した事実はないとの認定がされた場合には、共謀を認定することも困難であったはずである。したがって、この審理不尽の法令違反は決定に影響を及ぼすものであることは明らかである。

第二重大な事実の誤認

一 非行事実の有無に関する事実誤認

1 総論

原決定は、少年がAらに本件窃盗に供するための道具(ハサミ等)を手渡した事実は認定できないとしながらも、<1>鋼管を探しに行き、実際に何カ所か探したこと、<2>本件犯行に関わるのを拒否する意思表示をしたり、共犯者から離脱して早く帰宅しようとした形跡がないこと、<3>Aらが少年のバイクからポッコンのために使う道具を取り出すのを承諾したこと、<4>本件単車のハンドルの変形や暴走用の直管マフラーの付け替えに関わり、本件単車に並々ならぬ関心を寄せていること、を根拠として、少年に本件犯行の共謀が存したことが認められるとしている。

しかし、以下に述べるように、<1><3>については、本件の各証拠からそのような事実を認めることはできない。また、<2><4>については、確かに外形的にはそのような事実が認められるが、これを持って、直ちに少年に共謀が成立すると認定するのは困難である。したがって、結局少年に共謀を認めることはできないはずである。

そして、原決定が少年に窃盗の共同正犯が成立するとした根拠は、まさに共謀をなしたという点だけにあるのだから、この共謀が成立しない以上、少年には原決定が認定するような窃盗の共同正犯は成立せず、少年に非行事実を認めることはできないのであり、この点、原決定には重大な事実の誤認が存すると言うべきである。

以下、詳述する。

2 <1>鋼管を探しに行き、実際に何カ所か探した事実が認められないこと

この点について、証人Dは、少年に鋼管を探しに行く旨誘われ一緒に現場を離れた、実際に工事現場などを探した旨審判廷において証言し、原決定は、このDの証言を根拠に、右事実が認められるとする。また、少年以外の者の供述では、少年は鋼管(鉄パイプ)を探すためにDを誘ってどこかに行った、という内容のものも見られる。

一方、この点について少年は、窃盗に巻き込まれるのは嫌だったので現場を離れたかった、単に現場を離れるだけでは後で仲間に何を言われるか分からないので、口実として「鋼管探しに行く」と言ったことを口にした、その際Dに「鋼管探しに行くから」という趣旨のことを言って一緒に現場を離れた、と一貫して供述している。

そこで検討するに、まず、他の者の「少年は鋼管(鉄パイプ)を探すためにDを誘ってどこかに行った」という旨の供述は、少年の供述と特に矛盾するものではない。つまり、まず、外形的事実については一致している供述であり、食い違いは特に認められない。また、少年の内心は他の者が確定的に分かる訳はないから、少年のこの行動を見た者が「少年は窃盗に使うための鋼管を探しに行った」と思ったことと、少年の内心が「鋼管を探すという口実で現場を離れよう」というもので、実際に鋼管を探す気はなかったこととは、矛盾せずに両立しうる事柄である。つまり、これら他の者の供述をもって、少年が実際に鋼管を探したという事実を認定することは困難である。

次に、Dの証言であるが、まず、少年に鋼管を探しに行く旨誘われ一緒に現場を離れたという点は、特に少年の供述と矛盾するものではないし、これのみをもって少年が実際に鋼管を探したという事実を認定することが困難であることは、同様である。

次に、Dは「実際に工事現場などを探した」旨の証言もしているが、例えば、あてもなく何となく走り回っていたところ、たまたま工事現場の近くなども通りかかったりしており、そのことがDにしてみれば「鋼管がありそうな所を探して走っている」と感じられたことは大いにあり得ることである。Dは審判廷において、抽象的に「工事している所とかを探した」と証言しているに過ぎないのであるから、その可能性は高いと考えられる。また、少年の供述よりもDの証言の方がより信用できるという根拠も特に認められず、少年の供述を排斥してまでもDの証言を採用する合理的理由はないものと言わなければならない。以上のことからすれば、Dの審判廷における証言をもってして、少年が実際に鋼管を探していたと認定することは困難である。

したがって、少年が実際に鋼管を探していたと認定できるだけの証拠は存在しないのである。

そればかりか、少年は実際には鋼管(鉄パイプ)を持って帰ってきていない点、そのことについて誰も文句を言ったり不審に思ったりした者がいなかった点(これらの点は各人の供述調書や審判廷における供述から明らかに認められるところである)は、少年の「鋼管探しに行くから」と言う発言が単なる口実に過ぎなかったことを裏付ける事実と言え、少年の供述(主張)の信用性は、かなり高いものと考えられるのである。

以上のことからすれば、正しく事実認定していれば、少年が実際に鋼管を探していたとは到底認定できないはずである。原決定は、少年に本件共謀が成立する根拠としてこの事実が認定できることを挙げているのであるから、この事実誤認は決定に影響を及ぼすほどのものであり、重大な事実誤認である。

3 <3>Aらが少年のバイクからポッコンのために使う道具を取り出すのを承諾した事実が認められないこと

原決定は、<3>の事実を認めた根拠を特に挙げていないが、認定事実を検討する限りでは、Aが「マイナス(ドライバー)とメガネ(レンチ)ないか」と声を掛けると、少年が「俺の原チャリにあるで」と答えたことや、他の者が少年の原付から道具を取り出す際に少年が特に反対の意思表示をしていないことが根拠となっているのではないかと思われる。

しかし、まず、少年が「俺の原チャリにあるで」と答えた事実は、証拠関係を子細に検討すれば、認めることはできないはずである。右事実に沿う証拠としては、Aの各供述調書、及びAの審判廷における証言が挙げられる。しかし、まず、少年は「あるかどうか分からん。」と答えたに過ぎないと一貫して供述しており、少年のこの発言をAが「俺の原チャリにある」という趣旨の発言として受け取ってしまい、そのまま記憶が固定化してしまったという可能性も十分考えられる。また、前述のとおり、Bは捜査段階において、本件自動二輪車を皆で見に行った後、誰かが「工具が要る」という趣旨の発言をした際に、誰かが「Nさん(注:少年のあだ名)の原付のポケットに入っている」と言った、という供述、すなわち、少年の原付に工具が入っている旨発言したのは少年本人ではないという趣旨の供述をしている(本年2月17日付警察官調書(1通目のもの)8丁裏6行目以降)のであって、これはAの供述・証言と明らかに矛盾する。Bの証人尋問を行っていない以上、このBの供述を排斥してまで、Aの供述・証言の方が信用できるとして採用するだけの合理的理由はないと言わなければならない。したがって、少年やBの供述を排斥してまでAの供述・証言を採用する合理的理由がない以上、少年が「俺の原チャリにあるで」と答えた事実を認めるに足る他の証拠もないのであるから、右事実を認めることはできない。

次に、他の者が少年の原付から道具を取り出す際に少年が特に反対の意思表示をしていないと言う点について、少年は、明示的な反対の意思表示をしていないということ自体は認めつつ、自分はAに「ハサミかマイナス持ってない」といった意味の事を言われ、自分の原付の中(ポケット、メットイン)にそのような物があるのは分かっていたが、他人にいじられて自動二輪車の窃取に使われてしまうのは嫌だったので、「あるかどうか分からん」と言って、自分の原付のメットインを探すふりをしていじっていたところ、Aか誰かが自分の原付のポケット部分からハサミを勝手に取り出していった、承諾する意思はなかったと一貫して主張している。

この主張の内容について検討するに、まず、「あるかどうか分からん」と言った部分については、前述のとおり、その可能性を排斥するに足る証拠はなく、少年がこの際にこのような発言をした可能性も大いにある。次に、「Aか誰かが自分の原付のポケット部分からハサミを勝手に取り出していった」とする部分については、原決定も述べるように、少年がAにハサミその他の道具を手渡したことは認定できないのであるし、Bは少年の原付のポケット部分からハサミをとりだしたのは自分である旨供述しているのであるから、各証拠に照らしても特に矛盾するものではない。

次に、この主張の合理性について検討すると、なるほど、窃盗に加担するのが嫌だったら他の者たちの行為を止めればよかったではないか、また、道具についても「自分のところにはない」とはっきり言えばよかったではないか、それをしなかったのはやはり承諾していたからではないか、という反論もありえよう。しかし、これは少年達の世界を知らない、大人の考え方である。少年達の世界においては、自分だけいい格好していると見られることを何よりも嫌う。とすれば、夜仲間同士で原付で走り回っていたときに周囲の者が自動二輪車を盗ろうという雰囲気になったときに、自分だけ明確に反対するということは、少年にとって非常に難しいことだったのである。とすれば、明確に反対の意思表示ができなかったとしても、内心「窃盗に加担するのは嫌だ」と思っていたことと矛盾はしない。

また、少年自身の供述やDの証言でも明らかなとおり、本件のメンバーの内少なくとも数人は、少年の原付にはたくさん工具が積まれていることを知っていたのである。Aは、そのようなことは知らなかった旨証言するが、少年が「Aもこのことを知っている」とその当時思っていたとしても不思議ではない。とすれば、少年にとって「工具なんかない」ということはとてもできないことであったと考えられる。なぜならば、みんなが自分の原付には工具があると知っているのに、それと反することを自ら口にすることは、みんなの前で自分だけいい格好をしようとすることに他ならないからである。とすれば、「この窃盗には関わりたくない」と思っている少年が取りうる行為は、せいぜい「あるかどうか分からん」といいながら、自分の原付を自ら探すふりをすることだけではないだろうか。このように考えれば、少年の主張する事実は当時の状況に照らして、決して不自然なものではなく、むしろ当然の行動とさえ言えるのである。

したがって、少年のこの主張も格別不自然とは言えず、むしろ一定の合理性を有しているものと言える。

以上のことからすれば、少年の主張はかなり信用できるものと言える。そして、先に述べたような、本件当時の少年の周囲の者との人間関係等をも考慮すれば、このときに少年が明確な反対の意思表示をしなかったことをもって、少年が承諾していたとすることはできない。

以上のことからすれば、Aらが少年の原付からポッコンのために使う道具を取り出すのを少年が承諾していたという事実を認定することは困難なはずであり、にもかかわらず、少年が承諾していたと認定したのは事実誤認である。そして、原決定は、少年に本件共謀が成立する根拠としてこの事実が認定できることを挙げているのであるから、この事実誤認は決定に影響を及ぼすほどのものであり、重大な事実誤認である。

4 <2>本件犯行に関わるのを拒否する意思表示をしたり、共犯者から離脱して早く帰宅しようとした形跡がないこと、<4>本件単車のハンドルの変形や暴走用の直管マフラーの付け替えに関わり、本件単車に並々ならぬ関心を寄せていること、の2点のみでは共謀を認定することはできないこと

前記2、3からすれば、少年に共謀の成立を認める根拠は右<2><4>のみとなる。この<2><4>の事実が外形的には存在するところは少年も認めるところであり、付添人としても特に争うものではない。しかし、この2点のみをもって、少年に共謀の成立を認めることは到底できない。

まず、<2>の点であるが、本件当時の状況に照らして、少年が、内心本件犯行に関わるのは嫌だと思っていてもそれを明確に意思表示するのが困難であったことは、先に述べたとおりである。また、もし、明確な反対の意思表示をしなかったことをもって共謀していたことが認定できるとなってしまえば、およそ自分と行動を共にしていた者が何らかの犯罪行為をしようとしているのを認識しながらそれに反対する明確な意思表示を取らなかった者には、全て共謀が成立してしまうことになる。しかし、それでは、余りにも共謀成立の範囲が広がりすぎ、共謀の意味が薄まってしまい、刑法の大前提である謙抑主義にも反することになりかねない。したがって、この<2>の点をもって共謀成立の根拠とすることはできない。

また、<4>の点についても、少年は早く帰宅したかったので、このような行動を早くとれば、Aらから早く解放されると考えてこのような行動をとった旨供述する。この供述自体、当時の少年と他の者の人間関係を考えればあながち不合理なものとは言えないのであって、この供述を排斥するに足る証拠はない。また、このくらいの年齢の少年にとって、自動二輪車に興味を示すことはむしろ自然なことであり、この少年のみに特有のこととは言えないし、その興味故に窃盗行為が終了した後にその自動二輪車の改造等の行為に関わったからといって、遡って窃取行為時に少年との関係でも共謀が成立していたということと直接結びつくものでもなく、この事実をもって、共謀成立の根拠とすることはやはりできない。

5 以上のことからすれば、原決定が共謀成立の根拠として挙げる事実は、本件各証拠関係からは認定できないか、もしくは、認定できたとしてもその事実から共謀成立を認定することはできないものである。他に、少年との関係で本件窃盗の共謀が成立したと認定するに足る証拠は存在せず、少年との関係で本件窃盗の共謀が成立したと認定することはできない。

そして、少年が本件窃盗の実行行為・幇助行為を行っていないことは、原決定でも明らかである。したがって、少年には本件窃盗の共同正犯は、いかなる意味においても成立し得ないのであって、この点、原決定には重大な事実誤認がある。そうであれば、少年に保護処分を料した前提としての非行事実そのものが認められないことになるから、この事実誤認は、決定に影響を及ぼすほど重大なものであることは明らかである。

二 要保護性に関する事実誤認

原決定は、処遇として中等少年院送致の処分を選択した理由として、要保護性に関する事実として、<1>本件が前件での保護観察処分決定後間もない時期に行われたものであり規範意識の欠如が著しいこと、<2>1児を持つ者としての自覚に乏しいこと、<3>頻回転職を繰り返し徒遊期間も長いこと、<4>前件で保護観察に付された後も不良交遊が続いていること、<5>両親の監督が甘く、少年を放任していること、などを挙げている。

しかし、特に<2>ないし<5>については、事実と異なる。

すなわち、まず<2>については、少年が審判廷で供述するとおり、少年は、将来内妻と長男と3人で生活することを目標に、本件で逮捕される約2ヶ月前からは真面目に正業に就き、貯金も始めていたものであって、2月分の給与も長男の養育費に充てるつもりであったのである。仕事も、朝の6時ころという早い時間から家を出なければならないにも関わらず、1回だけ10分程度遅刻したのを除いては遅刻も欠勤もしていなかったのは、1児の父親としての自覚ができつつあったからこそであると言える。したがって、少年には必ずしも十分とは言えないまでも、自分が1児の父親であるという自覚ができつつあったことは明らかであり、「1児を持つ者としての自覚に乏しい」とはとても言えない。

次に、<3>の点も、事実と異なる。確かに、従前何回か転職した事実はあるが、それは前件で逮捕されるよりも更に前のことである。また、前件での観護措置取消後、しばらくの期間なかなか正業に就いていなかったのは事実であるが、それは、昨今の不況下新しい職を見つけるのは困難であったこと、保護観察処分後しばらくしてから、以前に働いてきた○○組に再度就業を願い出たが、仕事量が少ないということもあってしばらく待機していて欲しいと言われたことなどが理由であり、必ずしも少年に正業に就く気がなかったからではない。また、実際にも、少年は、再度就業を願い出るという恥ずかしさを乗り越えて、自分から前記○○組に電話を掛けて、再度雇ってもらえるように頼み、その結果、12月14日ころから○○組で就業を開始することができた。その後は、朝の6時ころという早い時間から家を出なければならないにも関わらず、1回だけ10分程度遅刻したのを除いては遅刻も欠勤もしていないという就労状況が本件で逮捕されるまでずっと継続していたのである。(以上 甲第1号証 参照)したがって、徒遊期間が長いという事実認定は、正しくない。

次に、<4>の点も、確かに、前件での保護観察処分後、本件のような交遊がしばらくあったことは少年も認めているが、前記○○組に再度就労するようになってからは、このような不良交遊は一切していないのであり、友人らからの誘いがあっても、自らきっぱりと断っているのである(以上 甲第1号証 参照)。したがって、本件で逮捕された時点では、原決定がいうような「不良交遊」はすでに消滅していたのであり、不良交遊が続いていたという事実認定が誤りであることは明白である。

また、<5>の点についても、少年本人や両親の供述からも明らかなとおり、両親は、少年が前記○○組の就労を開始する前は、きちんと仕事をしろ、夜遊びしたらあかん、人に迷惑掛けたらいけない、といったことを、きちんと少年に注意しているのであり、両親の監督が甘く少年を放任しているというのはあたらない。

なお、少年の社会記録中、家庭裁判所調査官作成の調査結果には「少年の本件を否認する巧みさはなかなかのものである」といった記載が見られ、これを前提に「ぼつぼつ言い逃れの人生から卒業するべきであり、安直な言い逃れが通用しないという現実を体験…することが必要である」と断じている。しかし、1で縷々述べたとおり、少年には本件非行事実が認められないと考えられるのであり、少年の主張は「言い逃れ」どころか、自己の記憶をそのまま話しているに過ぎないものと考えられる。それを、少年の主張を虚偽と決めつけ、右のように断定するとは、偏見に満ちた記載内容であり、少年の性格・傾向を正しく把握したうえでの記載とは到底思われない。このような記載自体、重大な事実誤認であるのはもちろん、家庭裁判所調査官として許されない行為といわなければならない。

以上のとおり、原決定には、要保護性に関する事実にも、いくつもの重大な事実誤認がある。少年法32条にいう「重大な事実の誤認」の「事実」には、非行事実という限定は付されていないのであるし、要保護性に関する事実が正しく認定されて初めて適切な処遇が選択できることに鑑みれば、要保護性に関する事実の誤認も、同条にいう「事実の誤認」に含まれるというべきである。また、調査結果の記載内容の誤りについても、それが処遇選択の根拠とされている以上、直接原決定にその事実が挙げられていないとしても、やはり、同条にいう「事実の誤認」に含まれるというべきである。そして、もし、前述の各点において正しい事実認定がなされていれば、中等少年院送致という選択がなされなかった可能性は高いのであるから、この事実誤認は、決定に影響を及ぼすほどの重大な事実誤認というべきである。

第三処分の著しい不当

仮に、非行事実があり、もしくは、虞犯行為ありと認定されることがやむを得ないものであったとしても、原決定の中等少年院送致(一般短期等の処遇勧告もなし)という処分は、少年が本件で行った行為・要保護性の程度に比して、著しく重い不当なものである。

一 少年が本件で行った行為、及び他の者の処分に比して著しくバランスを欠くこと

少年は、本件において少なくとも実行行為そのものや幇助行為をなしていないことは明らかであり、本件において主導的立場にあったとはとても言えない。また、仮に窃盗の共同正犯という非行事実が認められてしまうとしても、認定できるのはせいぜい黙示的な共謀に過ぎない。

そして、本件において一番主導的立場にあったと思われるAは、この件において中等少年院送致の処分を受けているが、一般短期の処遇勧告が付されている。これに比べて、Aよりも本件関係の程度がずっと低い少年に一般短期等の処遇勧告が一切付されていないことは、明らかにバランスを欠く。

Aは、本件当時試験観察中であったことからしても、少年よりも格別に要保護性が低かったとは思われないし、少年もそのような認識は抱いているものと思われる。そして、Aは、原審の審判において、証人として少年の面前で尋問を受けているが、その際に、自分がこの件で少年院送致の審判を受け、その際一般短期処遇の勧告が付されていることも証言している(なお、この証言については、遺憾ながら、尋問調書には記載されていないが、このような証言が少年の面前でなされたことは当職らも聞いていたものであり間違いない)。つまり、少年はAが同じ件で少年院送致の処分を受けたこと、それには一般短期の処遇勧告が付されていることを知っているのである。とすれば、少年にしてみれば、なぜ、自分がAよりも重い処分を受けなければならないのか、到底納得のいくはずがない。このような納得のいかない状況で処分を受けても、その処遇効果があがらないことは当然である。

二 少年の要保護性は現段階では低いこと

原決定は要保護性について、<1>本件が前件での保護観察処分決定後間もない時期に行われたものであり規範意識の欠如が著しいこと、<2>1児を持つ者としての自覚に乏しいこと、<3>頻回転職を繰り返し徒遊期間も長いこと、<4>前件で保護観察に付された後も不良交遊が続いていること、<5>両親の監督が甘く少年を放任していることを挙げ、中等少年院送致(一般短期等の勧告なし)という処分を選択した理由としている。

しかし、特に<2>ないし<5>の各点については、その事実自体認められないことは第二の二に述べたとおりである。

少年は、確かに、前件で保護観察処分に付されてから間もない時期に、夜中数人で原付で走り回り、また、本件窃盗の実行行為そのものや幇助行為は行っていないものの、本件の前後に関わっていた。この点は、軽率であると見られても仕方がないが、今では少年は深く反省するに至っており、その様子は審判廷における供述にも現れている。

そして、前述のとおり、少年は昨年12月14日ころ以降は、以前勤務していた○○組において再び勤務を開始し、それ以降は本件で逮捕されるまで、決められた休日以外は休むこともなく真面目に勤務に励んでいた。この○○組での勤務も、考えた末に、もう一度頭を下げなければならないという恥ずかしさを乗り越えて、自分から電話を掛けてまた雇ってもらえるようお願いしたものである。

○○組での勤務を再開してからは、朝6時過ぎには家を出て、真面目に就業し、帰宅してから夜遊びに出歩くようなこともなくなり、夜9時ころには就寝するなど、規則正しい生活を送っていた(以上甲第1号証参照)。その背景には、自分の内妻や子供と早く所帯を持ちたい、普通自動車の免許も取りたい、そのためには真面目に仕事をして資金をためなければならない、そのためには規則正しい生活をしなければ勤務を続けることはできない、と自分で目標を立てたことがある。事実、本件逮捕の数日後が給料日だったのであるが、その給料で自分の息子の養育費にいくらか充て、後は貯金しようと思っていたと少年は付添人にも当初から語っており、また審判廷においても供述している。たまには内妻が「夜、遊びに行きたい」と少年にいうようなこともあったそうだが、少年はむしろ「そんなこと言ってたらあかん」と止めていたという。

以上の事実は、逮捕当時から少年が当職らに繰り返し語っていたことであり、少年の審判廷における供述・甲第1号証からも明らかに認められる。このように、少年は本件逮捕当時はすでに更生への道をしっかりと歩み始めていたのである。

また、少年は両親や兄弟とともに暮らしているものであり、両親も少年に対して、前件や本件を通じて、いけないことはいけない、規則正しい真面目な生活を送らなければならないと言ったことを、日頃からきちんと少年に注意している。(この事実も、少年及び両親の審判廷における供述から明らかである。)したがって、両親らが少年の監護能力に欠けるということはない。

また、社会資源としても、前記○○組が少年を引き続き雇用する意思であることは両親を通じて確認されており、少年もまたそれを強く望み、家に帰れたらすぐに仕事に復帰して真面目に働きたいと述べているものである。

以上のことからすれば、少年には再非行のおそれも低く、少年の要保護性は極めて低いものと言える。

三 少年院送致の処分は弊害のみ大きく、少年の更生の役には立たないこと

本件で少年に中等少年院送致という処分を科すことは、せっかく調い始めていた○○組に勤務することを中心とした生活のリズムをむざむざ崩してしまうことになる。また、少年が描いてきた「親子3人で暮らす、自動車の普通免許を取って仕事にも役立てる」といった夢はますます遠のいてしまう。このようなことになれば、少年に「どうせ、俺はダメなんだ」という不要な劣等感や、投げやりな気持ちだけを植え付けることともなりかねず、却って更生への道を閉ざしてしまうおそれが強いというべきである。中等少年院送致という処分は弊害のみ大きく、少年の更生にはほとんど役に立たないと言っても過言ではない。

四 なお、少年の社会記録中、家庭裁判所調査官作成の調査結果には「少年の本件を否認する巧みさはなかなかのものである」といった記載が見られ、これを前提に「ぼつぼつ言い逃れの人生から卒業するべきであり、安直な言い逃れが通用しないという現実を体験…することが必要である」と断じている。しかし、前述のとおり、少年の主張は「言い逃れ」どころか、自己の記憶をそのまま話しているに過ぎないのである。それを、少年の主張を虚偽と決めつけ、右のように断定するとは、偏見に満ちた記載内容であり、断じて許されないものといわなければならない。原決定がこのような記載内容を処遇選択の際に考慮したか否かは明らかでないが、仮に、このような点も考慮して処遇を選択したとすれば、明らかに誤った事実・評価に基づいて処遇を選択したといわざるを得ず、この点でも、不当な処分である。

五 以上の次第であるから、仮に何らかの非行事実が認められ、保護処分に付す必要性が認められる場合であっても、少年は在宅処遇でも十分に更生しうるのであって、少年院に送致する必要性はないばかりか、むしろ少年院に送致することは弊害ばかりが大きく、かえって少年の更生という面からはマイナスの効果のみが懸念されるところである。ましてや、一般短期等の処遇勧告もない少年院送致(このことは、すなわち長期処遇に処せられることを意味する)は、このマイナス効果がよりいっそう強まるだけの結果になり、少年の更生を著しく阻害するおそれが非常に高くなるものと言うべきである。したがって、本件における中等少年院送致(一般短期等の勧告なし)という処分は、少年に対する処分としては著しく不当なものである。

第四結論

以上の次第であるから、原決定はいかなる意味においても違法、不当であり、取り消されるべきである。

なお、追って理由補充書を提出予定である。

以上

書証

第1号証 陳述書(本年4月4日ころ作成 作成者 N・N子(少年の母親))

<省略>

〔参考2〕 抗告理由補充書

平成11年(く)第89号 保護処分決定に対する抗告申立事件

少年 N・H

抗告理由補充書

頭書事件につき、当職らは以下のとおり抗告理由を補充する。

1999年5月18日

申立人付添人弁護士 ○○

同 ○□

同 ○△

大阪高等裁判所 第三刑事部 御中

一 重大な事実誤認の点について

1 非行事実の有無に関する事実誤認の点については、既に抗告申立書で述べた通りであるが、原決定が少年に共謀を認めた根拠の一としている「<4>本件単車のハンドルの変形や暴走用の直管マフラーの付け替えに関わり、本件単車に並々ならぬ関心を寄せていること」という点に関して、若干補足する。

まず、抗告申立書で述べたとおり、当時の少年と他の者たちの人間関係からすれば、少年が一貫して述べるように「早く帰宅したかったので、このような行動をとればAらから早く解放されると考えてこのような行動をとった。」ということも不合理とは言えず、むしろ極自然な行動とさえ言える。また、少年が本件自動二輪車にある程度の興味を示していたこと自体は事実であろうが、これも18才の男子少年にありがちな一般的興味の範囲を出るものではない。

また、少年がこの日の夕方ころにはAらが本件単車を隠したとされている○○□のあたりに再度行っているが、それはAらに集合をかけられ、自分が隠したと疑われたくないために行ったに過ぎず、むしろ、それ以降はAらとは一切関わりを持っていないのである。いわんや、本件の後は窃盗その他犯罪行為には一切関わっていないのである。(以上、甲第2号証 少年からの手紙 参照)

もし、本件で少年が積極的に自動二輪車を窃取しようという気持ちを有していたり、本件自動二輪車に「並々ならぬ関心を寄せて」いたのであれば、その日の夕方に再集合してからも、また別の自動二輪車を盗りに行こうという話になる、あるいは、その後も本件と類似の行動(夜、原付や自動二輪車を用いて数人で走り回る、自動二輪車等を窃取する)という行動に出ていてもおかしくないのではないか。しかし、少年は本件の後はそのような行動には一切出ていないのである。このことは、原決定が言うような、本件自動二輪車に「並々ならぬ関心を寄せて」いたという事実そのものが誤りであることを示している。

したがって、原決定が共謀成立の根拠とする事実のうち、本件各証拠から認定することのできる事実は、正確に言えば<2>本件犯行に関わるのを拒否する意思表示をしたり、共犯者から離脱して早く帰宅しようとした形跡がないこと、<4>本件単車のハンドルの変形や暴走用の直管マフラーの付け替えに関わったことのみである。だとすれば、少年に共謀の事実を認めることは困難と言わざるを得ない。

なぜなら、もし<2>が共謀の根拠となりうるならば、犯罪行為をなそうとしている・なしている者の近くにいた者は、たとえ明示の共謀行為が一切なくとも、明確に当該犯行に関わることを拒否する旨の意思表示をしたり、そこから明示に離脱しないかぎり、およそ共謀したことになってしまうが、これでは共謀共同正犯成立の要件としての「共謀」として意味が薄まりすぎ、あまりに広範囲に「共謀」を認めることになり、刑法の謙抑主義からしても妥当ではないからである。また、<4>は明らかに本件実行行為が終了した後の行為であるから、たとえこれにある程度加担していたとしても、犯罪行為終了後にいわば「不可罰的事後行為」のみに加わろうとする場合はいくらでもありうるがその場合には何ら犯罪とならないのが原則であることを考えれば(別途、盗品等に関する罪が成立しうる場合があるのは別論である、本件ではこれにもあたらないことは明らかである)、これを理由として直ちに犯罪行為時まで遡って共謀があったと認定することはできないからである。

したがって、本件においては少年にはいかなる意味でも窃盗の共同共犯は成立しない。原決定に重大な事実誤認があることは明らかである。

2 また、要保護性に関する事実誤認の点についても、若干補足すると、まず原決定が中等少年院送致と結論づけた根拠として述べている点は、審判時を基準とすれば、いずれも誤りであると言わざるを得ない。

原決定は、前件での保護観察決定後1ケ月あまりの行動、なかんずく本件犯行までの行動にのみ着目して判断している反面、少年が正業について真面目に勤務し始めた昨年12月半ば以降の少年の行動や態度についてはほとんど着目していない。少年や少年の両親は審判廷においても、昨年12月以降の少年の行動・態度について懸命に主張していたにも関わらず、原決定ではそれらの訴えにほとんど耳を貸していないのではないかとさえ思われるのである。

しかし、要保護性とはあくまで審判時点を基準に判断されるべきであって、犯行時ではないはずである。そして、少年が、「自分は1児の父親なのであるから」という自覚の元に、遅くとも昨年の12月半ば以降は正業について真面目に勤務していたこと、両親もそんな少年を見守りながら、一方で「いけないことはいけない」と厳しい態度も示していたことは、少年及び両親の審判廷における供述や、第1号証・第2号証からも優に認められる。

したがって、本件犯行までの少年の行動のみに着目して、その後の少年の行動・態度を何ら考慮しないまま要保護性に関する諸事実の認定を行ったという点においても、原決定には重大な誤りがある。もし、本件犯行後の少年の行動・態度にも正しく着目して要保護性に関する諸事実の判断を行っていれば、少年は審判時までには、<1>規範意識もきちんと持てるようになり、<2>1児の父親であるという自覚の元、資金を貯めて普通免許を取得し内妻・長男と3人で所帯という目標を立てて、<3>きちんと正業に就き、欠勤・遅刻もほとんどすることなく真面目に働き、<4>不良交遊も自らの意志によって断ち切って真面目な生活を送るようになり、<5>そのような少年を両親も見守りつつ、「いけないことはいけない」と厳しい態度も示して少年の健全な発達を促すべく努力していた、という結論になるはずである。原決定のような判断には到底至りえない。

二 処分の不当性の点について

まず、要保護性に関する諸事実の認定そのものが誤っていることは、抗告申立書及び本書面の一2で述べたとおりである。

また、少年が就業していた○○組でもいつでも少年を再度受け入れる用意があることも、両親の審判廷における供述等からも明らかである。このように、少年には就労先も確保されており、また、少年自身もここで働く意欲を持っているのである。これらの事実からすれば、審判の時点において、少年に直ちに中等少年院に収容しなければならないほどの要保護性があったという結論にはならないはずである。

また、少年の真の更生という観点から考えた場合に、本当に中等少年院送致(長期)という選択しかあり得なかったのかも疑問である。少年を少年院に送致した場合の弊害については、既に抗告申立書においても述べたとおりである。

結局「どんな処分になったとしても、少年は必ず社会に戻ってくる」という自明の事実から出発して、少年が社会で健全に生活していけるためにはどうするのが一番よいのかという観点から処分は考えられなければならないはずである。そのような観点から考えた場合、(正しく認定された)少年の要保護性の程度や、家族・就労先を含めた周囲の環境がある程度整っていることからすれば、例えば少年を試験観察に付して、調査官らの観察下で定期的に適切なアドバイスを受けながら、○○組での勤務を中心とした規則正しい健全な生活を送らせるように周囲の者が援助しつつ本人の更生を図るという方法もあったのではないか。少年の要保護性等からすれば、むしろその方が少年の更生に資するのではないかと考えられる。

ところが、原決定においては、そのような可能性を探った形跡もなく、誤った事実を前提に、誠に安易に中等少年院送致(長期)と決定したとしか考えられない。

以上のことからして、原決定の中等少年院送致(一般短期等の処遇勧告もなし)という処分が、少年に対する処分としては著しく不当なものであることは明らかである。

三 以上述べた点に、申立書において述べた事情を供せ考えれば、原決定はいかなる意味においても違法、不当であり、取り消されるべきである。

貴庁におかれては、できれば少年本人や両親の尋問等の証拠調べも行ったうえで、速やかに原決定を取り消す決定を下されることを期待する。

以上

書証

第2号証の1 少年本人から当職宛の手紙(本年4月4日作成)<省略>

の2 右封筒<省略>

〔参考3〕 原審(大阪家 平11(少)775号 平11.3.24決定)<省略>

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